kutidasikutibasiの日記

個人的な日記

かけがえのない物が存在しないこの世界

私は、あまり自分の考えを人に伝えるのは好きではない。

なんといわれるか予想がつくし、面倒な奴だと思われるのもごめんだ。

 

最近の悩みは、生きている理由が無くて困っているという話だ。

私が生きていてもいなくても、誰かが困るわけでもない。

だから、理由というのは自分の中から出てくるものでないといけない。

 

例えばこのような事を言うと「あなたを大切に思っている人がいるから、その人の為に生きなさい」というような事を言われたりする。

 

しかし、私はその考え方はなんというか自分にとって都合の良い解釈であると思うのだ。

自分以外の人間にとって、自分自身がかけがえのないものであることはない。

それは、健全に生きている人間にとってはそうでなくてはいけないからだ。

 

例えば、私には兄弟のように過ごした一匹の猫が居た。

彼女は、私が小学生くらいの頃に家にやってきて、私が大人になるよりも先に大人になって、そして亡くなってしまった。

 

とても大切な存在だったし、今でもそう思っている。

家族でペットを飼うのが初めてだったこともあって、猫にとって万全な状態で飼育できなかったかもしれないという後悔もある。

もっと、いろんな事をしてあげたかったと、思い出して悲しくなることもある。

 

しかし、そうだからといって私は彼女が居ないこの世界で平気で生きているのだ。

普通に生活ができて、笑うことができて、おいしいご飯をお腹いっぱい食べることができる。

動けないほど落ち込んだり、泣き出したり暴れたりしない。

私は自分の人生において、彼女が必要不可欠であったことを、どのようにしても証明してあげることはできないのだ。

少なくとも、自分が健全に生きたいと願う限りは。

 

だからと言って、何かを失ったことに対して延々と悲しんでいることはただの自己憐憫でしかない。

私も、何年も前に失ったペットの事で精神に問題をきたしている人間を見たら、めんどくさい奴だと判断するだろう。

 

この世にかけがえのない人など居ない。職場でも、国でもどんな特別な能力がある人が失われても、世界は滅亡したりしないのだ。

しかし、それじゃあ愛とはなんなのだろう。

 

この問題に対して、感情とはただの生理現象であるので、そのように考えることに意味は無い。とか言われたいわけではない。

逆に、現実とはなんと不条理なのか!と嘆いて欲しいわけでもない。

 

私はもっと傲慢だ。

私は、お姫様が好きだ。

それは、今はやりの強くて現実味のある女性ではなくてもっと、特別な存在だ。

彼女がさらわれることは世界の危機であって、彼女の涙一つで世界は滅亡するのだ。

それはきっと美しい。

 

私は証明して欲しいのだ、この世にかけがえのない物が存在していて、誰かが生きるときに誰かの存在は必要不可欠であって、そうでなければ人は生きられないという所を見たいのだ。

 

このように、私はどうしようもないことについて考えていることが多い。

しかし、話しても面倒な話だとごまかされるような気がして、人に話したいとは思わない。

それに、共感して欲しいわけでもない。

 

そうじゃなくて、スーパーヒーローが現れて、ああ、私が間違っていたんだと、そう思わせて欲しいのだ。

 

自分自身でも、かけがえのない物を探していたのだが、失敗してしまった。

それを失っても、私は死なずに、粉々になったりしないで生きている。

しかしまあ、私はそのせいで生きている理由をなくして困っているのだった。

そう考えると、私がこのまま新しく生きる理由を見つけられないまま死ぬことがあれば、この世にかけがえのない物があるという証明になるのかもしれない。

 

でもな、悪いけれども。

私は夜を儚んで死ぬほど、ロマンチストでもないのだなこれが。